2019/05/23

「妖怪」と「GIS」と「森里海」(森里海連環学教育研究ユニット特定研究員 時任美乃理)

妖怪がそばにいた時代

「妖怪」というと、何を想像するだろうか?座敷童子、一つ目小僧、デイダラボッチ…。水木しげるの漫画を思い浮かべる方もいらっしゃるだろう。お化け、幽霊、架空の存在というイメージを持っている方もいるかもしれないが、妖怪というのは日本古来のアニミズム思想によって生み出された民間信仰で、日本独自の風土や文化をまとった物語だといわれている。かつて、太刀打ちできなかった災害や疫病のような凶事を、人々は妖怪という存在で表現し、生活の中の戒めとして語り継いできた。確かに架空の存在ではあるが、地域の様相や当時の文化が色濃く反映された創造物なのである。

日本では「神様」も妖怪の一種であった。たとえば河川は、多くの寓話の中でも白龍や大蛇などにたとえられ、川の神様として各地で祀られている。川の神様は生活にたくさんの恵みを与えてくれる存在だが、時に豪雨や台風によって荒れ狂うその姿は人々を恐れさせ、妖怪的存在として語られた。妖怪とは、理不尽な出来事に納得するために人々が編み出した功名なシステムでもある。村中をまきこんだ洪水も、伝染病も、飢饉も、妖怪のせいだから仕方ない。近頃「想定外」ということばを頻繁に耳にするが、妖怪が身近に存在していたその昔は、何が起ころうと「想定内」だったのである。そして妖怪の存在は、そうした厄災を「避ける」知恵を後世に伝える役割をも担ってきたと考えられる。

妖怪はみんなのハザードマップ?

現代では、豪雨災害や地震災害などに備えハザードマップが各自治体で発表されている。そこには河川が氾濫した際の浸水危険地域や、災害時の避難経路などが示されているわけだが、実際にマップが使用されるのは避難訓練や実践時というのが実情である。どこが危険でどう逃げたらよいのか、自治体は情報を発信しているが、それをすべての住民の頭の中にインプットするとなるとこれが難しい。一方、妖怪というのは、危険な場所を人々の記憶にしっかりと印象づけてしまう。おまけに幼い子どもにも伝わりやすい。幼い頃、「あそこは河童が出るから行っちゃいけないよ」と言われれば、なんとなく近づきがたく感じたものである(河童は水害や水難事故にまつわる妖怪だとされている)。岐阜県木曽川流域にはヤロカ水という妖怪の伝説が残っている。ある雨の晩、「やろかぁ、やろかぁ」という声がどこからか聞こえてきて、それがいつまでも止まないので「いこさばいこせえ(よこさばよこせ)」と言い返すと、たちまち大水がどっと押し寄せ村中が水に飲みこまれてしまった、という話だ。ヤロカ水の正体には諸説あり、「ヤロカヤロカ」は濁流で流れる石の音、「ヨコサバヨコセ」は上流で土石流が発生し流れ出た音だともいわれている。その真偽は不明だが、何にせよこの伝説を知った木曽川流域の住民はみな、雨の夜は(川の流れる)音に気を配り、いち早く川の氾濫を逃れる備えをするようになったであろう。ハザードマップなどなかった時代、何十年何百年に一度の大地震や大洪水への備えは、妖怪という口頭伝承で確かに継承されていたのである。

先人たちの知恵をGISに込めて

さて、こうした妖怪に代表されるような先人たちの知恵を、現代の科学に応用しようというのが今回ご紹介したかった研究TOPICSである。『森里海連環再生プログラム-Link Again Program』では、日本全国の32河川を対象として、森里海連環のメカニズムの解明を目指している。近年、産業開発や宅地開発が進んだことで、似たような景観をした市街地が日本各地にみられるようになった。護岸工事や河川改修が行われ、ダムや堤防が建設された河川は、一見すると似たような形をしているかもしれない。しかしそこには、全く異なる地形や気候、そして全く異なる歴史を経て築かれた地域の暮らしがあり、地域固有の森と里と海の関係性が存在している。筆者が本プログラムで取り組んでいるのは、そうした各流域にある情報を一つひとつ紐解いて、流域同士の「違い」と「共通点」を見つけ出す作業だ。地域情報は実に様々で、全国的にデータベース化されている地域の産業や人口の動態、土地利用の情報はもちろん重要であるが、前述の妖怪など、地域に残る言い伝えや習慣はその地域の環境や文化、歴史が反映されており、地域を知る上で重要な鍵となる。

そんな様々な形態のデータを統合し、総合的に分析する際に便利なのがGISというツールである。GISとは、Geographic Information Systemの略称であり、日本語では地理情報システムと呼ばれる。位置情報を持つものを地図上に可視化して、情報同士の関係性や発生パターン、傾向をわかりやすいかたちで導き出すことができる。たとえば河川の水質や生態系の状態は、一時点の地理条件や人間活動だけに起因するわけではない。ある場所の環境が変化すれば、また別の場所の人間活動に変化が起こっている。流域内における様々な場所で発生している人間活動や環境の変化が複雑に影響し合った結果、河川の水質や生態系が規定されており、中には偏在性があるなど空間的な特徴をもつものもある。そうした自然と人間が複雑に絡み合う社会の実態を解き明かすため、地形、気象、人口、土地利用といった基本情報から、現地調査で得られる妖怪伝承や在来習慣などの情報に至るまでを、位置情報をキーにして重ね合わせ解析する。森と里と海の関係性は古にはじまり、その本質を明らかにすることは非常に難しい。けれども先人たちの知恵をできる限り活かしながら、過去の地域社会を復元し、現代社会の問題解決に役立てたいと考えている。

やっぱり妖怪はおもしろい

ところで、妖怪たちが具体的な姿形をもつようになったのは、絵草子などの印刷物が日本各地に広がってからのことである。妖怪の存在が印刷物として広まると、各地で起こっていた怪奇現象に名前が与えられる。「ああ、あの事件はきっとこの妖怪のせいにちがいない!」と共通の名で呼ばれるようになるのだ。反対に、もとはなかった現象が、妖怪の存在が広まった先々で起こることもある。たとえば座敷童子の絵草子が広まると、落ちぶれた家をみては「実は子どもが家から出ていくところを見たんだ…」なんて噂がたつようになる…。妖怪たちは、各地でおこる理不尽な出来事の答えとなり、日本全土に共通の呼び名を持って出没し、伝播していった。

この「出没」や「伝播」の特性を解き明かすのは、まさにGISの得意分野である。たとえば「河童」は全国的知名度をほこる妖怪であるが、その伝承の内容は地域によって様々である。カワランベ、カワコなど呼び名が異なっていたり、外見的特徴に地域差があったり、その習性も人民牛馬を川に引きずり込む恐ろしい妖怪だとする地域があれば、悪さもするが人助けをしてくれたこともあるなど良い印象の妖怪として伝わる地域もある。GISは、これらの伝承を地理的に表示させることで分布の傾向を明らかにし、さらには地理的特徴や気候、文化的特徴など、ありとあらゆる情報と重ね合わせることで、背景にある要因を紐解くことを可能にする。複雑に影響し合うありとあらゆる情報の関係性を、位置情報をもとに総合的に分析することができるGISは、使い手の工夫次第で無限に分析の可能性を広げてくれる。

今回のTOPICSをみて、なぜ妖怪?!と思った方もいらっしゃるだろう。無論、筆者は妖怪研究者ではない。妖怪は、あくまでも筆者が注目する地域知のひとつである。しかし妖怪が風刺する地域社会や環境意識というのは非常に奥が深い。そして何より、妖怪をキーワードにGISというツールを使って過去と現在をつなげる作業はこの上なく面白い。森と里と海の関係性も、妖怪たちが教えてくれるかもしれない。

ところで洪水の化身といえばヤマタノオロチだろうか。スサノオノミコトが奇稲田姫を救うため出雲国の斐伊川上流にすむヤマタノオロチ(八岐大蛇)を退治する伝説であるが、これは毎年氾濫し“稲田”を飲み込む“暴れ川”を、スサノオノミコトが“土木工事”という当時の最新技術で制した話の寓話であるともされている。スサノオノミコトはヤマタノオロチを一本の剣で制した。さて、GISは筆者の運命の剣になりうるだろうか。研究者として走り出したばかりの筆者の戦いをそっと見守ってほしい。

 

参考文献・紹介
畑中章宏(2012)災害と妖怪―柳田邦夫と歩く日本の天変地異.亜紀書房.
畑中章宏(2017)天災と日本人―地震・洪水・噴火の民俗学.筑摩書房.
森本一貴・近江俊秀(2019)境界の日本史 地域性の違いはどう生まれたか.朝日新聞出版.

 

<怪物画本『家鳴り(やなり)』(国際日本文化研究センター所蔵)>赤や青や緑の肌の色をした7体の子鬼。縁側で戸を叩いたり、家を揺すったりしている。人々は家や家具が理由もなく揺れ出す現象を妖怪「家鳴り」のしわざとした。
<地域調査の様子>地域の方の証言も大事な地域情報のひとつ
<作業の様子①>明治期の地図を現在の土地利用と照らし合わせる
<作業の様子②>GISを使って地域情報をまとめていく
<稲垣寒翠『河童』(国際日本文化研究センター所蔵)>肌は茶色く、全身に薄く毛が生えている。手足の指は3本で、爪が鋭い。腰に赤い模様の入った黄色い腰布を巻いている。
<廣景『河童』(国際日本文化研究センター所蔵)>川中へ引きずり込もうとする河童。頭には皿があり、甲羅を背負っている。このように、河童の外見や性格は様々で、地域による違いもみられる。
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