2019/06/19

森と海をつなぐ水のはたらきを知りたい!~生態学者の挑戦~ (森里海連環学教育研究ユニット特定助教 門脇浩明)

つながりの科学としての生態学
 フィールドでの観察や実験が好きで生物どうしのつながり(相互作用)についての研究を行ってきた。そんな私は、小さな研究を積み重ねれば、いつか生態学の大きな答えにたどり着けると思っていた。しかし、生態系の中で私たち人間が大きな影響力を持ったいま、生物どうしのつながりだけに着目していても、人間自身が進むべき道は一向に見えてこないのではないかと気づき始めた。生態学が人間をも含めた生物と環境のつながりを追求するならば、自然科学や社会科学という領域を超え、様々な要因が複雑に絡みあった「つながり」の解明が求められるのではないか。それを可能にする手段の一つが、膨大なデータを扱うビッグデータ解析である。この技術を手にすることができれば、これからの生物と環境のつながりに新たな可能性を模索し、私の好きな生物や自然のこれからについて一歩踏み込んだ理解ができるのではないか。そんな思いを込めて、目の前の課題に情熱を傾けている。ここでは、現在取り組んでいる水資源シミュレーションモデルについて紹介したい。

 

流域圏とは
 自然生態系は、気候、地形、河川の流域など特徴によって区切られ、その一つ一つの地域のなかで固有の生態的なつながりが形成されてきた。川の流域では、地上に降り注いだ雨や雪融け水が地表を流れたり、地表から地中に浸透したりすることを繰り返し、高い方から低い方へと流れ、河口へ集められてゆく。その流れは、窒素やリンなどの栄養塩を森から海へと運び、その地域に暮らす様々な生き物の命を支えてきた。人々もまた、その水の恵みや豊かな生物多様性を暮らしの糧として、自然生態系とのつながりによって生かされてきたと言える。一方で、人々は、生態系から独立して自分たちだけの社会や世界のシステムを作り出し、自らのために、自然な水の流れを変え、制御しようとした。生活用水や灌漑用水を取水したり、途中にダムを建設したりすることで、そこで暮らす人々の暮らしは、もはや流域という世界の中で完結するものではなくなった。あらゆる境界を超え、地球環境にまで影響を与えるほどのスケールの大きな環境変化を生み出した結果、皮肉にも、世界中で持続可能な生き方が問われるようになった。かつて流域に存在していた生態系のつながりが持続可能な社会をつくるための重要な要素として脚光を浴びている。

 

水の流れを計算する
 水の流れは、時事刻々と変化する。しかも、ある場所ある時点でどれだけの雨が降り、どれだけの量が蒸散したのかを知ったとしても、そこを流れる水の量を計算することはできない。なぜなら、そこに集まる水の量は、上流から下流へ流れたり、周辺を流れる度合いに影響されたり、その場所や周辺に蓄積可能な水の量によって変わったりするからである。上流で灌漑やダムなど人間活動が卓越し、土地利用が時間とともに変化するならば、それらの要因も考慮しなければならない。よって、河口にまでたどり着き、海へと降り注ぐ水の量を計算するためには、上流で生じているあらゆるプロセスを統合的に算出しなければならない。面的な広がりのなかで水の流れを捉えることで、森と海をつなぐ河口の流量を計算したり、予測したりすることができるのである。

 流域を面的に捉えるための第一歩は、流域を格子(グリッド・セル)に分割することである。流域全域を小さな100メートル四方のセルにこま切れにするとき、由良川流域はおよそ29000個のセルから構成される。地上観測や衛星観測、気象モデルなどによる過去の評価などのデータを用いて、分割されたセルの中で生じる水の収支を計算する。その計算結果を下流のセルや周囲のセルへと渡していく計算を流域全体で積み重ねることで、水の流れのネットワーク(河川流路網)のどこでどれだけの水が流れているのか、すなわち、河川流量を求めることができる。さらに、川を流れるのは水だけではない。川を流れる窒素やリンなど栄養塩もまた、流域に見られる生態系のつながりを支える重要な要素の一つである。栄養塩は、河口の生物生産や生物多様性に影響し、豊かな海を育むためになくてはならないものである。

 

つながりを紐解くために
 どんな種類のデータをどれだけ集めれば、流域における人々と自然のつながりを紐解くことができるのか。まず、すべての基本となるのが、地図データである。水の流れは高いところから低いところに流れるため、標高を地図データとして扱うDEMデータは必須である。DEMとはデジタル・エレベーション・マップの略語で、セルごとに標高の値があり、緯度や経度と対応がつくため、DEMをみれば標高が場所ごとにどのように移り変わるのかを調べることができる。それを基に個々のセルにどちらの方向から水が集まり、どちらの方向へと流れていくのかを示す「流向データ」をつくることができる。そのデータさえあれば、上流から下流をつなぐ全ての水の流れのネットワークの地図(流下順データ)を再構築することもできる。それらに加え、陸地の面積を示した面積のデータや陸地と海陸を分ける海陸データを揃えれば、基本地図データは完成する。

 基本地図が出来上がれば、次に必要なのは、温度・気圧・降雨量などの気象データである。シミュレーションに必要な長期の気象データは、20世紀中頃以降のデータを提供しているNCEP/NCARやJRA55などグローバルな気象データである。そもそもこんなに古くから存在するのかと思われるかもしれないが、再解析データは、大規模な数値計算の結果であり、気象学者が知恵を絞り、利用可能な全ての観測結果を用いて可能な限りの推定結果をつかって作りだしたデータである。6時間おきに別のファイルとして格納されており、全ての気象変数について、時間ステップの数だけ気象データのファイルが存在する。9種類の気象変数ごとに6時間ごとの一日4個のファイルが365日分、50年分のデータとなれば、気象データだけで65万個のファイルが必要となる。そこから特定の流域を切り出し、空間解像度を揃える作業を全ての気象変数と時間ステップで流域ごとに繰り返す。加えて、アルベドなどの物理データや気象パラメータなどを揃えることで初めて、どのような流域の気象条件のもとでどれだけ水が個々のセルに集まり、上流から下流に流れ河口までたどり着くのかを50年間程度の時間スケールで計算できるようになる。データのタイプによっては空間や時間の解像度は異なっていることもある。解像度を細かい方に合わせることを内挿と呼ぶ。こうしたデータ処理をこなすことで初めて、モデルへのインプットが完成するのである。

 

土地利用の影響評価から、防災へ
 流域における生態系のつながりを理解するためには、地図データと気象データだけでは意義のある現象を再現することはできない。自然林や人工林(森林)や畑、田んぼ、住宅地などの土地利用が変われば、水の流れも変わる。河川の途中にはダムがあり、人間が生活用水や灌漑用水を取水することにより、水は減少する。したがって、人間が流域のそれぞれの場所でどのような土地利用をしているのか、さらに、それに関連して、生活・工業・農業など様々な目的のためにどれだけ取水を行っているのかについてデータが必要となる。そこでは、環境省や国交省が公開するオープンデータが活用できる。例えば、生活用水・工業用水・農業用水の需要の分布を求めるためには、用水取水量統計データから、生活用水・工業用水の取水量と人口の統計から1人あたりの取水量を計算し、農業用水の取水量と灌漑農地面積の統計から面積あたりの取水量を計算しなければならない。最後に、流域というスケールを超えた地球環境の変動も忘れてはならない。温暖化や激甚災害の増加など、集中豪雨や洪水被害の多発は、流域における生態系のつながりを復元する際に考慮すべき問題となっている。現在、これらの人間活動にはモデルに十分に組み込まれていない数多くの要因が存在している。これらの問題を克服し、統合的な流域管理の基礎となる流域のシミュレーションを確立したい。

 

参考文献
・花崎直太(2013)全球水資源モデルH08の開発と公開. 水文・水資源学会誌 26:295-301
・門脇 浩明、立木 佑弥 (2019)『遺伝子・多様性・循環の科学:生態学の領域融合へ』京都大学学術出版会
・Shimizu N, Tateno R, Kasai A, Mukai H, Yamashita Y (2014) Connectivity of Hills, Humans and Oceans: Challenges of Watershed and Coastal Environments. Kyoto University Press.
・Grill G, et al. (2019) Mapping the world’s free-flowing rivers. Nature 569:215-221

 

 

 

上高地ー清らかな源流を前にここから広がる流域のネットワークを想像する。この水はどこへ向かってゆくのだろうか。
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