2019/09/13

2019年9月 伊勢武史(京都大学フィールド科学教育研究センター 准教授)

 僕はナニモノなのか。肩書きや業績をならべることは簡単だけど、ほんとにナニモノかというと、自分でもよく分からなくなってくる。生まれ育ったのは四国・徳島県のいなか。生家は農家で、当時も現役で活躍していた明治時代の足踏み水車(※ 用水路から人力で水をくみあげて田んぼに入れる木製マシン。)で遊んだり、ザリガニ・フナ・メダカ・ゲンゴロウなどとたわむれたりしながら幼少時代を過ごした。

 こういう経験は、自然を研究してる人にはわりとよくあるエピソードだ。「子どものころから自然が好きだったから自然を研究する人になりました」なんていうのは、たしかに分かりやすい。しかし、十代から二十代にかけて、僕には屈折の季節があった。この経験がその後の研究にも生き方にも大きな影響を与えていると思うので、すこし語らせていただきたい。

 僕の家族は中学生のときに崩壊した。それまで家族をまとめていた祖父が急死し、その跡取りを決めることになったのだが、いい年をして仕事をまともにしていなかった僕の父は、長男にもかかわらず家を追い出されることになったのである。経済的な問題で、僕は大学に進学できないことになった。勉強は学校でいちばんできたほうだったけど、とつぜん前途が閉ざされたのだ。親に行かされたのは工業高校。大学に行かないなら高校で手に職つけとけ、という意図だ。しかし、お行儀よく高校を出て就職して社会人におさまる気にもなれず、中途半端な状態でさまよっていた。いま思えば、バイトや奨学金で大学に通う苦学生をしたらよかったんだけど、当時はそんな気にもなれなかった。自分の置かれていた状況にふてくされていたんだと思う。その工業高校を卒業したあとは、朝は魚市場でバイトして、昼間は趣味の釣りをして、夜は学習塾でバイトするような、先の見えない生活をしていた。

 人生の目的がよく分からない。しかし、そんなときでも漠然と、「何かの専門家になりたい」、そして「何かを表現したい」なんてことは考えていた。大学に行ってなくても優秀であることを証明したいと思って、司法試験の勉強をしたこともある。とにかく世の中を見返してやりたいと思っていた。しかし、この状況から抜け出すのは困難であることにもうすうす気づいてはいた。どうせこのままいっても楽しいことがない人生。でもそれって、捨てるのを迷うほど価値のあるものが何もないってことで、むしろ身動きしやすいんじゃないかと、ある日とつぜん気づいた。「学歴がなくても優秀であることを証明したい」なんて屈折したプライドは真っ先に捨てればよい。大学を出てないのがくやしいなら、大学に行けばいいのである。

 このとき僕は25歳。年齢的に気づくのが遅かったんだけど、やっぱり大学に行かなくちゃだめだと思った。というわけで、進学のためのお金を貯めつつ戦略を練った。どうせ自分の人生を変えるんならできるだけ大胆にやってやろうと思い立ち、アメリカの大学に行くことにした。選んだ大学はワイオミング州にあった。アメリカでいちばん人口の少ない州だ。留学ガイドブックを立ち読みしていて、学費と生活費がいちばん安かったから、という理由で選んだ大学だけど、自然に興味を持ってた僕にとって、有名なイエローストーン国立公園が近くにあるというのはすばらしいことだった。

 大学入学後は、真剣に勉強した。屈折の時期を経たからこそ、迷いなく妥協なく勉強できたのかもしれない。主に勉強したのは生態学と環境学。学んでいくうちに、自然のすばらしさや、環境問題の大事さや深刻さを深く認識するようになった。いま思うと、このとき形づくられた考え方が、その後の僕の研究にも人生にも重大な影響を与えているんじゃないかと思う。卒業研究では、博士課程の先輩とともにイエローストーン国立公園の研究をすることとなった。くる日もくる日も、マツの木を切り倒し根っこを掘り起こす肉体労働。これは、イエローストーンの約半分を焼き尽くした大規模な森林火災(1988年)のあとの十数年で、どの程度森林の二酸化炭素吸収の機能(※ 樹木は光合成によって大気中の二酸化炭素を吸収して成長している。木の幹や根っこをつくっている主な物質は炭素で、それはもともと大気中の二酸化炭素だったものだ。このように、樹木が成長することで大気中の二酸化炭素を減らす効果が生じる。これを植物の炭素固定という。)が回復したかを調べるものだった。【 写真1 イエローストーン国立公園で掘り出した木の根っこを、隣接するグランドティートン国立公園内のワイオミング大学の研究施設で洗っているようす。このあと乾かして重さをはかることで、植物がどのくらい二酸化炭素を吸収したかを調べるのだ。】

 フィールド調査はハードだけどやりがいも大きく、忘れられない経験となった。しかし同時に、こういう研究の「社会への出口」はどこにあるんだろう、と深く悩みはじめた。フィールド生態学の研究者は苦労してデータを取って、それを元に論文を書いて公開するんだけど、その行為が、環境問題を解決することにどうつながるのか、そこが気になりはじめた。
「僕の論文を政治家が読んで、政策を変えたりすることがほんとにあるんだろうか?」
「いや、ない」
というのが当時の自問自答の結論だ。そこで僕は、大学院では、生態学者というスタンスを保ちながらも、環境問題に対してダイレクト感のある研究をすることにした。

 研究手法として選んだのがコンピュータシミュレーション。植物の光合成や成長については、これまで世界中のさまざまな研究者が調べてきたのだけど、それをコンピュータのなかで再現するという分野は当時まだまだ未開拓で、専門としている科学者は数少なかった。しかし、シミュレーション再現がうまくいくと、世界中の植物の挙動を推定することが可能になり、それを使って未来の予測や地球温暖化の影響の解明など、環境問題にダイレクトにかかわる生態学の研究ができるようになるのである。【 写真2 植物の成長や競争などをリアルに再現するシミュレーションの一例。樹木はタイプごとに得意・不得意な環境があり、それぞれが光や水をめぐって競争している。】

 よく考えたら、シミュレーションはすごく便利な道具である。フィールドでどんなにがんばっても、一日で一本の木の根っこを掘り起こすのが精一杯(細い根っこも切らないように注意して掘らなくちゃいけないので、とにかく骨が折れるのだ)。でもシミュレーションなら、コンピュータにまかせておけば、森全体の樹木の光合成や成長を推定するのも簡単だ。「環境が変わると植物の反応も変わる」という応答をうまく入れたシミュレーションなら、世界中の熱帯雨林・サバンナ・タイガ・ツンドラにいたるまで、いろんな場所の植物のことが分かる。そうすると、植物が地球全体でどのくらい二酸化炭素を吸ってるのかが分かる。

 こんなわけで僕は、コンピュータを使って自然のことを研究するという、ちょっとニッチな研究に足を踏み入れてしまったのである。自分語りは後をつきないのでこのへんで。続きはどこかでお話ししましょう。

イエローストーン国立公園で掘り出した木の根っこを、隣接するグランドティートン国立公園内のワイオミング大学の研究施設で洗っているようす
植物の成長や競争などをリアルに再現するシミュレーションの一例
トップへ