2019/09/17

2019年9月 門脇浩明(京都大学森里海連環学教育研究ユニット 特定助教)

 先日、学生時代からお世話になっている農学部の先生と雑談をした。「近頃、3歳になる娘が自分の好きなことに熱中しすぎるので、どうしたものか?」と相談したのである。すると、「それはお前にそっくりじゃないか!」と返された。その時はただ苦笑いするしかなかったが、廊下を歩きながら考えてみると、思い当たる節がないわけでもないと思った。

 大学生の頃、毎日のように京都周辺の山に登っては、植物や昆虫、きのこを採集して観察や飼育に明け暮れる日々を過ごしていた。朝、目を覚ますと枕元にはいつも開きっぱなしになった図鑑が散らかっていた。好奇心のおもむくまま、いろいろな生物を研究したいと思っていた。同じサークルや同学年の友人らが自分はこれと決めた特定の生物への研究にのめり込んでいく中、私だけは特定の生き物に興味があるわけでもなく、何だか取り残されたような漠然とした気持ちを抱いていた。当時から興味があったのは、特定の生物そのものよりも、むしろ生物どうしの「つながり(関係性)」であり、「相互作用」であった。生物は食べ物や生息地をめぐって争っているのに、強い者だけが生き残るのではなく、なぜ弱い者もこの世界で共存できているのだろうか。自然はいろいろな生物が共存し、一見安定しているように見えるのに、なぜ、何らかの出来事をきっかけとして突如劇的な変化をすることがあるのだろうか。私がやりたかったのは、こうした謎解きであった。

 自然界のバランス(Balance of Nature)がどのように保たれているのかを知りたい。とにかくそれを明らかにしたい。それだけでいいと思っていた。周りを顧みず、自分の信念のみに基づいて突き進んだ。あまりにも思いが強すぎて、大学一年生の秋、「このままではダメになる!」と考え、「大学をやめる!どこか海外に留学する!」と言い出して、「京大をやめてしまうなんて…」と両親を困らせたこともあった。なんとか退学は踏みとどまり、ついに博士課程は文部科学省の留学制度のチャンスを得て、ニュージーランドのオークランド大学に留学することが決まった。もはやニュージーランドへのはやる気持ちが抑えきれなかった。ビザ申請のための健康診断を早く受診しすぎ、申請するときには有効期限が切れ、再度、受診しないといけなくなった。いざ出発となると、心はすでにニュージーランドにあったため、フライトの4時間前に財布がどこかへ行ってしまった。大阪難波の高速バスターミナルで財布をバスに置き忘れたことに気づき、タクシーでそのバスを追いかけて終点停留所の弁天町へと走った。無事、財布を回収し、そのままタクシーで空港へと直行することになった。しかし、実はこの時点でも渡航可能かどうか分かっていなかったのである。なんと、ニュージーランド大使館の都合で、ビザが出発前日まで下りず、フライト当日に空港の郵便局留めで受け取ることになったのだ。そして、祈るような気持ちで郵便局へと足を運んだ。ビザとパスポートを無事受け取ると、大急ぎでチェックインに向かった。ところが、ここで荷物の重さが20kgオーバーであると告げられた。やはりニュージーランドへ行くことしか考えていなかったため、預け入れ荷物が合計20kgまでであることを確認せず、1つあたり20kgまでだと思い込み、20kgの荷物を2つ用意していたのだ。尋常ではない量の汗をかきながら郵便局へと来た道を戻り、超過分の荷物をザックに詰め、祖母から現地の方へのお土産にと渡されていたデザインが美しい日本の記念切手1万円分を全て使い切って、ニュージーランドへと郵送した。ビザもパスポートも入手できるかわからない、財布も出発直前に失くすという状況を乗り越え、無事搭乗を終えて飛行機が飛び立った時の安堵感は今でも忘れることができない。振り返って見ると、ドタバタな留学生活のスタートを切ったが、それでも思いだけは強かったゆえに、ニュージーランドへ行けることからすると当時は全く大きな問題ではなかった。そして3年間の留学生活にて自分の思い描く研究に没頭できたことで、論文を書き上げ学術誌に受理される喜びを知った。さらにその後、フロリダ州立大学での勤務やフランス、オランダでの在外研究において素晴らしい共同研究者とも巡りあえた。これらの海外生活にて自分のやりたいことを突き詰めた経験こそが、今でも大きな財産となっている。

 2019年、京都東山にシイの花の香りが漂う頃、大学一年生らを連れて吉田山を歩いた。「生物学実習」では、身近な植物を採集し、観察する。自分も学部生の頃に履修した、顔見知りのような講義である。だから教える立場になった今でも、自分は学生の延長線上にあるような気がしていた。背伸びをして樹木の葉を引っ張り、学生が「先生、これ何ですか?」と聞いてくる。私が「みんなが知っている木です。オレンジ色の実がなる木です。」とヒントを出すが、誰もすぐには思いつかない。しばしの考える時間をおいて「カキノキです」というと、「あの柿ですか?へぇ〜!」と驚きの歓声が上がる。小さな感動に目を輝かせながらその葉や樹皮を触って見ている彼らは、まだ10代後半の若者である。何気なく学生時代の自分を彼らに投影していたが、よく考えてみれば、彼らは36歳である自分よりも3歳の娘に近い年齢である。そんな当たり前のことに気づいた時、はっとさせられた。彼らは自分とは違う、これから未来を作っていく次の世代なのだ。その瞬間から、学生のことも娘と同じように特別な存在だと思えるようになった。だからこそ、教えるのではなく、何かを伝える講義がしたいと思った。まだ研究者としては道半ばであるが、個々の生物だけでなく、生態学の楽しさと大切さを伝えよう。そう思った瞬間から、自分の好きなことだけを追求し、突き進んできたかつてとは違う、大きな力が自分の中に生まれつつあることを感じた。

 娘を寝かしつけた後、ノートパソコンを広げ、何度となく論文原稿を書き直す。研究が一段落すると、妻と深夜のティータイムが始まる。温かいルイボスティーを淹れて、その日1日にあったことを話す。もちろん、研究の話もする。すると妻はきまって「研究は終わりがなくて、しんどいことばかりなのになんで続けられるの?」と聞く。妻も自然が好きでフィールドにも付き合ってくれるが、それでも研究を仕事にするのは厳しいという。確かに研究という仕事は強い意思と忍耐を要するが、やはり私にとって生態学を研究することは何よりも楽しい。そして今は、自分の好きなことだけを追い求めることだけが楽しいわけではないことを知っている。生態学はつながりの学問であり、そのつながりの中には、自然と人とのつながりも含まれる。今日の地球環境は様々な問題を抱えているが、人が持続可能な社会を築き、自然と共存するための方法を教えてくれるのが生態学である。そのような生態学に課された歴史的使命の一旦を担えることの醍醐味を見出せるようになったことは、自分でも昔とは少し変わったのかな?と思えるようになった。ぐっすり眠る娘を見ると、その小さな左手にはティンカーベルのDVDが握しめられている。ティンカーベルは娘が憧れている存在である。今、娘は夢の中で妖精のように星降る夜空を飛び回っているのかもしれない。成長する娘にも好きなことにじっくりと取り組む気持ちを育ててあげたい。そう思えば、好きなことに熱中しすぎるのもそう悪くないのではないか。そして、自分も生態学者としてやるべきことを真っ直ぐにやろうと改めて思う。

 

参考文献
・近藤倫生(2016)群集生態学における困難を乗り越える ~門脇氏の鈴木賞受賞者総説に寄せて~. 日本生態学会誌 66:25-30 https://www.jstage.jst.go.jp/article/seitai/66/1/66_25/_pdf
・深見 理(2016)門脇浩明氏の研究と多種共存の理解に向けた今後の展望. 日本生態学会誌 66:28-30. https://www.jstage.jst.go.jp/article/seitai/66/1/66_28/_pdf/-char/ja
・門脇浩明(2016)Balance of Nature. 生態学研究センターニュース. No133. 11ページ http://www.ecology.kyoto-u.ac.jp/activities/publish/no0133.pdf

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