2019/10/02

森林と陸水の連環 (フィールド科学教育研究センター教授 吉岡崇仁)

 森里海連環学全体のことを述べるのは、フィールド研の連載シリーズ「森里海連環学入門」に譲り、ここでは、生物地球化学分野の研究について、とくに森と川のつながりについてお話ししたいと思います。
 いきなり化学のお話で恐縮ですが、琵琶湖周辺の渓流水中に含まれる溶存有機態炭素(DOC)と硝酸塩(NO3)の濃度の間には、図1に示すようにDOC濃度が高い渓流ではNO3濃度が低く、DOC濃度が低い渓流ではNO3濃度が高く、濃度が両方低い渓流はありますが、両方高い渓流は見られません。グラフで示すとDOCとNO3の間には非線形の負の相関と呼ばれる関係のあることがわかります(図2)。琵琶湖周辺の渓流に限らず、土壌、河川、湖沼、海洋などにおいて広く見られる一般的な現象であることもわかっています(Taylor and Townsend, 2010)。この関係は、微生物や植物が有機物と窒素栄養塩を生成したり利用したりする際の化学量論(ストイキオメトリー)に基づくものであると考えられています。簡単に言えば、生物が生育・増殖のためにこれらの物質を利用する場合、ある一定の割合で使うので、もともと有機物が多ければ有機物が、窒素栄養分が多ければ窒素が、土壌中に余ります。有機物の場合はDOCの形で、窒素栄養分の場合はNO3の形で土壌から水にとけて出てくるので、渓流水中の濃度の大小が図2に示したような非線形負相関となって表わされることになります。
 さて、森林集水域内を流れる渓流に関しては、湿地面積や土地の傾斜と水質の間に関係が見られています。これは、集水面積が大きいほど、また斜面の傾斜が緩やかになるほど湿地や河畔の面積が増えるため、DOC濃度が増加し、NO3濃度が減少するという一般的な関係が見られるものと考えられています(Eckhardt and Moore 1990, Ogawa et al. 2006)。傾斜の緩やかなところでは、水がたまりやすく微生物の呼吸で酸素が使われても大気から酸素が補給されにくくなるため、酸素が欠乏した状態になります。酸素が欠乏した条件では、有機物の分解が不十分となって多量の有機物が土壌中に蓄積します。湿原に見られる泥炭土壌がその例です。一方で、酸素が欠乏してくるとNO3に含まれる酸素を使って呼吸する微生物(脱窒細菌)が活動をはじめるため硝酸塩が枯渇してきます。したがって、傾斜の緩やかなところを流れる河川の水では、DOC濃度が高く、NO3濃度が低くなると説明されてきました。ところが、森林集水域の中でも源流に近い場所では、傾斜が急な渓流ほどDOC濃度が高く、傾斜が緩やかになるとNO3濃度が高くなるという逆の関係が見いだされます。従来の考え方では説明ができません。なぜこのような現象が起こるのでしょうか。
 森林土壌の研究では、斜面の上と下とで物質循環の各プロセスの進み方が異なっていることが知られています(Hirobe et al. 1998など)。斜面上部の尾根付近の土壌では、有機物の分解が遅く、窒素の無機化(有機態N→NH4+)が進行しますが、硝化反応(NH4+→NO2→NO3)が進みません。一方、斜面下部では、有機物の分解が速やかで、窒素循環に関しては無機化から硝化まで進行することが知られています。そのため、土壌中の無機態窒素の主な形態は、斜面上部でNH4+態窒素、斜面下部でNO3態窒素と異なっています。したがって、傾斜が急な集水域の渓流水では、DOC濃度が高くNO3濃度が低く、傾斜が緩やかな集水域の渓流水ではDOC濃度が低くNO3濃度が高くなると予想されます。LAP研究の対象集水域にもなっているフィールド研の芦生研究林内で我々が行ってきた調査の結果とも整合します。
 今まで、比較的傾斜の緩やかな流域で研究が行われてきた空間をさらに急斜面の上流側に領域を拡げて作業仮説をたてれば、統一的に森林流域における炭素・窒素循環を考えられるようになります。日本のような急斜面に成立している森林から渓流・河川・河口へと連なる流域の水質変化を理解することができるのではないでしょうか(図3)。森林土壌と渓流水という異なる対象で得られてきた研究の成果が、無理なくつなぎ合わせられるとき、より一般的な仮説が成立する可能性があります。森林と陸水の連環の理解を進めれば、森里海連環学に貢献できると思って研究を続けています。

ストイキオメトリー(化学量論)による説明:
 たとえば、水素分子(H2)と酸素分子(O2)が燃焼して水ができる反応は、次の化学式で表わされます。
 2H2 + O2 → 2H2O
 この化学式から、水素分子と酸素分子は2:1の割合で反応することがわかります。
 では、水素分子が3分子存在していたらどうなるでしょうか。
 3H2 + O2 → 2H2O + H2
 水素ガスが1分子余ります。
 有機物と窒素栄養塩の量的関係はもっと複雑ですが、量的に多い方が余るということはおわかりいただけるのではないかと思います。

図1 琵琶湖集水域における渓流水中のNO3-濃度(左図)とDOC濃度(右図)の分布 それぞれの濃度は●の大きさで表わしている。図中の数字はサイト番号を示す。 (Konohira and Yoshioka 2005)
図2.琵琶湖集水域の渓流水における溶存有機態炭素(DOC)と硝酸塩(NO3-)の濃度の関係 (Konohira and Yoshioka, 2005)
図3.緩傾斜地域におけるDOCとNO3-の流出モデルに急傾斜地域のモデルを追加した概略図
写真1.集水域の環境を反映した渓流水が合流しながら、流下していく。
写真2.河床のリター溜まりは、DOCの供給源か?
写真3.渓流水採取の様子
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